内子線

| 所在地 | 愛媛県 |
|---|---|
| 種類 | 普通鉄道(在来線・地方交通線) |
| 起点 | 新谷駅 |
| 終点 | 内子駅 |
| 駅数 | 4駅 |
| 経由路線 | |
| 電報略号 | ウコセ ナルセ |
| 路線記号 | U |
| 開業 | 1920年5月1日 |
| 全通 | |
| 運営者 | 四国旅客鉄道(全線 第一種鉄道事業者) |
| 所有者 | JR四国旅客鉄道 |
| 車両基地 | |
| 運転指令所 | 松山運転所 |
| 使用車両 | |
| 路線距離 | 5.3 km |
| 最高速度 | 110 km/h |
| 軌間 | 1067mm |
| 電気方式 | 全線非電化 |
| 電化方式 | |
| 保安装置 | |
| 関連路線 |
内子線(うちこせん)は、愛媛県大洲市の新谷駅から愛媛県喜多郡内子町の内子駅に至る四国旅客鉄道(JR四国)の鉄道路線(地方交通線)である。
愛媛鉄道により1920年に開業した路線で、かつては予讃線の五郎駅から分岐して内子駅に至る盲腸線であった。1986年に向井原駅から内子駅までの予讃線支線区間が開通してからは、予讃線の向井原駅 – 伊予大洲駅間短絡ルート(建設時の名称は内山線)の一部に組み込まれ特急列車が行き交う路線となっているが、当初、換算キロ制が適用される地方交通線に指定されたがゆえに、幹線の予讃線(当時は予讃本線)に編入することができず、内子駅 – 新谷駅間が内子線のままとなっている。地元住民からは内子線に加え予讃線の向井原駅 – 内子駅間および新谷駅 – 伊予大洲駅間に関しても未だに「内山線」と呼ばれている。
普通列車用
5000系電車(高松駅 – 坂出駅) – 快速「マリンライナー」で運用
223系5000番台電車(高松駅 – 坂出駅) – 快速「マリンライナー」で運用。2007年6月下旬から2010年1月23日までは、網干総合車両所から貸し出されたサハ223形2000番台も組み込まれていた。JR西日本所有
6000系電車(高松駅 – 伊予西条駅) – 観音寺以西は1日1往復のみ
7000系電車(高松駅 – 伊予市駅) – 四国島内の電化区間の全て(宇多津駅 – 児島駅を除く)で見られ、伊予西条駅 – 松山駅間の普通列車は全列車本系列で運行されている
7200系電車(高松駅 – 伊予西条駅)
キハ185系3100番台気動車(松山駅 – 宇和島駅) – 2000年から2006年までは、トイレ付きの3000番台も使用していた
キハ32形気動車(松山駅 – 宇和島駅) – 鬼列車以外のラッピング車両の運行はない[22]
キハ54形気動車(松山駅 – 宇和島駅) – すまいるえきちゃん号以外のラッピング車両の運行はない
貨物列車用
EF210形電気機関車(高松貨物ターミナル駅 – 松山貨物駅)JR貨物所有
【過去の車両】
特急列車用
キハ181系気動車(内子線経由も含む高松駅 – 宇和島駅)
24系25形客車(高松駅 – 坂出駅) – 寝台特急「瀬戸」で1988年4月10日から1998年7月9日まで運用。JR西日本所属(牽引機のEF65形電気機関車はJR東日本所属)
普通列車用
111系電車(高松駅 – 観音寺駅)2001年3月で運行終了。日本で最後に残った111系であった
113系電車(高松駅 – 観音寺駅 – 伊予西条駅) – 2019年に運行終了。JR西日本所有の車両が115系電車の替わりに岡山駅 – 琴平駅間の運用で使用された時期がある
121系電車(高松駅 – 伊予西条駅) – 7200系に改造
211系電車スーパーサルーン「ゆめじ」(高松駅 – 坂出駅、宇多津駅 – 多度津駅) – 1988年から2003年まで快速「マリンライナー」増結車で運用。また2009年までの元日には、岡山駅 – 琴平駅間で「こんぴら初日の出号」「こんぴら初詣号」として運転された。JR西日本所有
213系電車(高松駅 – 坂出駅) – 1988年から2003年まで快速「マリンライナー」で運用されていた。「マリンライナー」の運用から撤退した後も、223系・5000系の代走で「マリンライナー」に入ったことがあるほか、2016年から観光列車として7000番台「ラ・マル・ド・ボァ」が乗り入れている。JR西日本所有
117系電車(高松駅 – 坂出駅) – 瀬戸大橋の開業間もない頃、「臨時マリンライナー」で使用された。JR西日本所有
115系電車(宇多津駅 – 多度津駅) – 2019年3月で運行終了。瀬戸大橋の開業間もない頃、「臨時マリンライナー」・臨時快速でも使用された。JR西日本所有
115系3000番台電車(高松駅 – 坂出駅) – 瀬戸大橋の開業間もない頃、「臨時マリンライナー」で使用された。JR西日本所有
165系・167系電車(高松駅 – 坂出駅) – 瀬戸大橋の開業間もない頃、高松駅 – 岡山駅間の臨時快速で使用された。JR西日本所有
221系電車(高松駅 – 坂出駅) – 登場間もない1989年頃、「臨時マリンライナー」で使用された。JR西日本所有
DF50形機関車 – 1985年で運行終了
キハ40系気動車 – 一般車用は2016年3月25日まで使用され、松山運転所に同月まで配置されていた5両のうち4両が徳島運転所へ転属、1両は廃車となった。観光列車「伊予灘ものがたり」用(初代車両)は2021年12月27日まで松山駅 – 八幡浜駅間で使用された
キハ58系気動車 – 2008年秋で運行終了
キハ65形気動車 – 2008年秋で運行終了
キハ20系気動車 – 1990年で運用終了
50系客車 – 1990年で運用終了
貨物列車用
EF65形電気機関車(高松貨物ターミナル駅 – 松山貨物駅)- 旅客列車の牽引も担当。2025年3月13日で運用終了
JR内子線路線データ
管轄(事業種別):
四国旅客鉄道(第一種鉄道事業者)
閉塞方式:単線自動閉塞式
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:なし(全線非電化)
最高速度:110 km/h
JR内子線路線歴史
内子線にあたる路線は、愛媛鉄道の前身の西予電気軌道により1910年(明治43年)に計画された。この時の計画では起点は伊予鉄道の郡中駅で、犬寄峠を越えた後、中山、内子、大洲等を経て八幡浜に至る予定だった。西予電気軌道は西予軽便鉄道を経て1912年(明治45年)に愛媛鉄道に社名を変更。1916年(大正5年)に計画も犬寄峠を避けて工事が安易な伊予灘沿いに変更し、1918年(大正7年)に長浜町駅(現在の伊予長浜駅) – 大洲駅(現在の伊予大洲駅)が開業。内山地方への路線は支線として建設され、1920年(大正9年)に若宮連絡所 – 内子駅間が開業した
愛媛鉄道は1933年(昭和8年)に国有化され、愛媛線となった。予讃本線(現在の予讃線)の延伸に伴い1935年(昭和10年)に愛媛線のうち伊予長浜駅 – 伊予大洲駅間が予讃本線に編入され、支線は五郎駅で分岐する内子線となった
1920年(大正9年)5月1日:愛媛鉄道により若宮連絡所(五郎駅 – 大洲駅間にあった分岐点で現在の伊予若宮信号場) – 内子駅間が開業。軌間762mmの軽便鉄道であった。新谷駅、喜多山駅、五十崎駅、内子駅が開業
1921年(大正10年)12月15日:十夜橋仮駅が開業
1922年(大正11年)5月22日:十夜橋仮駅が廃止
1933年(昭和8年)10月1日:国有化され愛媛線となる
1935年(昭和10年)10月6日:1067mm軌間に改軌。五郎駅分岐となり内子線と改称
1958年(昭和33年)11月1日:この日の始発から全列車がディーゼルカーに置き換えられ無煙化。
1966年(昭和41年)11月27日 : 内山線(予讃本線短絡ルート)起工式
1971年(昭和46年)12月1日:貨物営業廃止
1985年(昭和60年)11月25日:新谷駅 – 五十崎駅間(喜多山駅 – 五十崎駅間の一部を除く)で重軌条化・路盤強化及び曲線緩和工事に着手。これに伴い、全区間が翌年3月2日までバス代行輸送となる。
1986年(昭和61年)3月3日:予讃本線の向井原駅 – 内子駅間、新谷駅 – 伊予大洲駅間の開業により内子線が短絡ルートに組み込まれる。新谷駅に交換設備が設けられ、五十崎駅・内子駅は移転、五郎駅 – 新谷駅間は廃止。CTC化
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により四国旅客鉄道に承継。日本貨物鉄道の第二種鉄道事業開業
2006年(平成18年)4月1日:日本貨物鉄道の第二種鉄道事業廃止
2020年(令和2年)7月4日:令和2年7月豪雨の影響により五十崎駅 – 喜多山駅間で斜面崩壊が発生、内子線を含む内子駅 – 伊予大洲駅間が不通となる
2020年(令和2年)7月20日:内子駅 – 伊予大洲駅間が運転再開
JR内子線路線図車輛停車駅名って?
JR内子線ってどこからどこまでなの?という疑問に路線図でお答えします。
愛媛県大洲市の新谷駅から愛媛県喜多郡内子町の内子駅となっている。
内子線所属駅起終点駅を含めた全駅が内子線所属駅となっている
JR内子線の普通停車駅
内子線の停車駅は、新谷駅、喜多山駅、五十崎駅、内子駅です。
| 駅番号 | 駅名 | 駅の読み方 | 停車駅 | 乗り換え |
|---|---|---|---|---|
| U10 | 内子駅 | うちこ | ● 特急宇和海 |
予讃線 |
| U11 | 五十崎駅 | いかざき | ● | |
| U12 | 喜多山駅 | きたやま | ● | |
| U13 | 新谷駅 | にいや | ● | 予讃線 |