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土讃線




2700系

土讃線基本情報
所在地 香川県、徳島県、高知県
種類 普通鉄道(在来線・幹線)
起点 多度津駅
終点 窪川駅
駅数 61駅
経由路線
電報略号 トサホセ
ナルセ
路線記号 D(多度津駅 – 高知駅間)
K(高知駅 – 窪川駅間)
開業 1889年5月23日
全通 1951年11月12日
運営者 四国旅客鉄道(全線 第一種鉄道事業者)
所有者 JR四国旅客鉄道
車両基地 高知運転所
運転指令所
使用車両
路線距離 198.7 km
最高速度 120 km/h
軌間 1067mm
電気方式 直流1,500 V
(多度津駅 – 琴平駅間)
非電化(上記以外)
電化方式 架空電車線方式
保安装置
関連路線

土讃線(どさんせん)は、香川県仲多度郡多度津町の多度津駅から高知県高知市の高知駅を経て、同県高岡郡四万十町の窪川駅に至る四国旅客鉄道(JR四国)の鉄道路線(幹線)である。日本国有鉄道(国鉄)時代は土讃本線(どさんほんせん)と呼ばれていたが、民営化後の1988年にJR四国は線路名称を土讃線に改称した

讃岐山脈および吉野川上流に沿って四国山地を越えて多度津と高知を結び、さらに土佐湾沿いの内陸部を通り窪川を結んでいる

広域輸送網としては、1988年(昭和63年)の瀬戸大橋線開通前まで本州と四国を結ぶ宇高連絡船の接続駅であった予讃線高松駅を始発・終着とする特急列車が直通しているが、瀬戸大橋線開通後は山陽新幹線に接続する岡山駅を始発・終着とする特急列車を主体とするダイヤ編成となっている。地域輸送としては、高松方面と琴平駅間の快速列車・普通列車、高知駅を中心とする高知県内で完結する普通列車、高知県内では第三セクター鉄道の土佐くろしお鉄道各線との直通列車、および経由地となる徳島県三好市付近の近距離ローカル列車(徳島線直通列車を含む)等が運行されている。

多度津 – 琴平間は国鉄末期に電化されており、高松方面からの電車列車が乗り入れている。しかしそれ以外の区間は電化されていないため、特急列車や徳島県・高知県内の普通列車には気動車が用いられている。

2020年(令和2年)3月14日には起点の多度津駅に加えて、新たに善通寺駅、琴平駅でIC乗車券「ICOCA」が利用可能になった

JR土讃線路線データ

管轄(事業種別):
四国旅客鉄道(第一種鉄道事業者)
閉塞方式:
多度津駅 – 高知駅間:単線自動閉塞式
CTC・PRC(阿波池田駅に設置)
高知駅 – 窪川駅間:特殊自動閉塞式(電子符号照査式)
CTC・PRC(高知駅に設置)

複線区間:なし(全線単線)
電化区間:多度津駅 – 琴平駅間(直流1500V)
最高速度:
120km/h(多度津駅 – 高知駅間、日下駅 – 土佐加茂駅間、吾桑駅 – 多ノ郷駅間、六反地駅 – 仁井田駅間)
110km/h(高知駅 – 日下駅間、土佐加茂駅 – 吾桑駅間、多ノ郷駅 – 六反地駅間、仁井田駅 – 窪川駅間)
最急勾配:25‰(讃岐財田駅 – 佃駅間、繁藤駅 – 土佐山田駅間、朝倉駅 – 枝川駅間、斗賀野駅 – 多ノ郷駅間、安和駅 – 影野駅間など)
最小曲線半径:200m(小歩危駅 – 大歩危駅間に数か所、大田口駅西方の1箇所に存在、その他の区間では250mが最小)




JR土讃線路線歴史

多度津駅 – 琴平駅間は1889年(明治22年)5月に讃岐鉄道により開業した。
その後、山陽鉄道を経て、1906年に国有化され讃岐線となった。多度津駅 – 阿波池田駅間は讃岐線の支線として建設された。讃岐線は後に讃予線、そして予讃線と改称される。阿波池田駅 – 三縄駅間は1931年に徳島 – 阿波池田間の徳島本線を延伸して開業した。

豊永駅 – 高知駅 – 須崎駅間は高知線として建設された。そして、三縄駅 – 豊永駅間が1935年に開業したことにより、多度津駅 – 須崎駅間が土讃線となった。

その後、須崎駅から順次延伸され、中村線としての建設区間を編入し1951年に窪川駅まで全通。1963年に中村線(現在の土佐くろしお鉄道中村線)の開業により土讃本線と改称された。

1987年、民営化を前に多度津駅 – 琴平駅間が電化された。
ただし、この区間は国鉄時代末期に予算不足もあり直吊架線方式で電化されたため、電車の最高速度は85km/hに制限されている。気動車は特急形2000系・2700系は最高速度120km/hで、キハ185系・1000形は110km/hで、その他の一般型気動車は95km/hで走行することができるため、電車より気動車が速く走れる区間となっている。同区間に電気機関車が入線する際は架線への負担軽減のためパンタグラフを1基のみ使用し速度制限をかけて運転される。ただし琴平駅1番線のみはシンプルカテナリー方式になっている。

JR化後、予讃線電化区間延伸とともに、土讃線も電化区間を阿波池田、高知方面へ延伸することが計画されたが、その時点では見送られた。これは、琴平以南では輸送量が激減することから投資の効果が薄いことや、山岳区間は狭小トンネルが多く架線を張りにくい状況だったことが理由であり、電化工事を行うよりも高速運転に対応した新型特急用気動車を投入した方が合理的と判断されたためである。なお、JR四国は2006年に国土交通省交通政策審議会・交通体系分科会の地域公共交通部会に提出した資料で、長期的に望まれる投資の一つに、琴平駅 – 高知駅間の電化を挙げている。

多度津駅 – 三縄駅間(讃岐線→讃予線→予讃線・徳島本線)
1889年(明治22年)5月23日:讃岐鉄道により丸亀駅 – 多度津駅 – 琴平駅間が開業。多度津駅、吉田駅、琴平駅が開業。
1889年(明治22年)6月15日:吉田駅を善通寺駅に改称
1896年(明治29年)10月6日:金蔵寺駅が開業
1904年(明治37年)12月1日:山陽鉄道が讃岐鉄道を買収
1906年(明治39年)12月1日:山陽鉄道を国有化
1909年(明治42年)10月12日:国有鉄道線路名称制定。高松駅 – 多度津駅 – 琴平駅間を讃岐線とする
1913年(大正2年)12月20日:多度津駅が移転し、同駅でのスイッチバックが解消。
1914年(大正3年)3月25日:徳島本線の川田駅 – (佃) – 阿波池田駅間が開業。阿波池田駅が開業
1923年(大正12年)5月21日:琴平駅 – 讃岐財田駅間が開業。琴平駅が移転。塩入駅、黒川駅、讃岐財田駅が開業。
1923年(大正12年)10月6日:讃岐線を讃予線に改称
1929年(昭和4年)4月28日:讃岐財田駅 – 佃信号場間が開業。坪尻信号場が開設、箸蔵駅が開業。徳島本線の辻駅 – 阿波池田駅間に佃信号場が開設
1930年(昭和5年)4月1日:讃予線を予讃線に改称
1931年(昭和6年)9月19日:徳島本線として阿波池田駅 – 三縄駅間が開業。三縄駅が開業

三縄駅 – 須崎駅間(高知線)
1924年(大正13年)3月30日:高知線の須崎駅 – 日下駅間が開業。須崎機関庫開設。須崎駅、吾桑駅、斗賀野駅、西佐川駅、土佐加茂駅、日下駅が開業
1924年(大正13年)10月25日:佐川駅が開業
1924年(大正13年)11月15日:日下駅 – 高知駅間が開業。伊野駅、朝倉駅、旭駅、高知駅が開業
1925年(大正14年)11月1日:須崎機関庫廃止、高知機関庫を設置
1925年(大正14年)12月5日:高知駅 – 土佐山田駅間が開業。土佐一宮駅、土佐大津駅、後免駅、土佐山田駅が開業
1928年(昭和3年)11月27日:佐川駅 – 斗賀野駅間で、下り第131混合列車(2800形蒸気機関車+客車6両・貨車3両)の貨車1・2両目が連結の不完全により分離、1kmほど進行して機関士が気付き退行するも、速度の出し過ぎにより止まりきれず分離した編成に衝突。旅客19名・職員1名負傷、客車3両・貨車2両小損
1930年(昭和5年)4月1日:後免駅 – 高知駅間に、同日安芸駅まで開業した高知鉄道(後の土佐電気鉄道安芸線、現・廃止)の列車が1日7往復乗り入れる
1930年(昭和5年)5月30日:8時頃、土佐一宮駅 – 高知駅間で、高知鉄道の安芸駅行き列車(高知鉄道3号機+客車3両)の機関車と客車1両が脱線転覆、客車1両が脱線。機関士が死亡、機関助士と乗客数名が負傷。原因は線路北側の国道を走るオートバイと競争し速度超過によるものであったが、枕木が腐り犬釘が外れ、軌間が開いていたとの証言もある
1930年(昭和5年)6月21日:土佐山田駅 – 角茂谷駅間が開業。天坪駅、角茂谷駅が開業
1932年(昭和7年)12月20日:角茂谷駅 – 大杉駅間が開業。大杉駅が開業。
1934年(昭和9年)10月28日:大杉駅 – 豊永駅間が開業。土佐穴内駅、大田口駅、豊永駅が開業
1935年(昭和10年)11月28日:三縄駅 – 豊永駅間が開業(旧高知線区間が多度津側と一続きになる)。予讃本線多度津駅 – 阿波池田駅間、徳島本線阿波池田駅 – 三縄駅間および高知線を併合し、多度津駅 – 須崎駅間を土讃線とする。天坪駅 – 土佐山田駅間に新改信号場開設。祖谷口駅、阿波川口駅、西宇駅、阿波赤野駅、土佐岩原駅が開業

須崎駅 – 窪川駅間(土讃線改称後)
1939年(昭和14年)11月15日:須崎駅 – 土佐久礼駅間が開業。土佐新庄駅、安和駅、土佐久礼駅が開業。
1941年(昭和16年)10月1日:豊永駅 – 大田口駅間で、上り第158準混合列車(8620形68648号機+客車1両・貨車11両)の機関車および客車1両・貨車8両が崩壊した築堤より増水した吉野川に落下し、死者6 – 7名、負傷者2名を出す惨事になる
1942年(昭和17年)6月20日:吾桑駅 – 須崎駅間に多ノ郷信号場が開設
1945年(昭和20年)9月1日:多ノ郷信号場が廃止
1945年(昭和20年)10月3日:阿波川口駅 – 西宇駅間で大雨による地滑りが発生。5日、8日にも地滑りが発生し、路盤・擁壁の沈下・破壊、橋台・橋脚の変状により8日より運転休止。11月2日仮復旧
1946年(昭和21年)7月10日:多ノ郷信号場が再開設
1946年(昭和21年)12月21日:昭和南海地震による津波・高潮により、吾桑駅 – 須崎駅間で路盤950m流失、橋桁1連流出。本格復旧は翌年3月18日
1947年(昭和22年)6月1日:新改信号場、多ノ郷信号場が駅に変更され、新改駅、多ノ郷駅が開業
1947年(昭和22年)10月20日:土佐久礼駅 – 影野駅間が開業。同区間に笹場信号場を設置。影野駅が開業
1949年(昭和24年)8月1日:土佐久礼駅 – 影野駅間の笹場信号場が廃止
1950年(昭和25年)1月10日:坪尻信号場、佃信号場が駅に変更され、坪尻駅、佃駅が開業
1950年(昭和25年)3月22日:昭和天皇の四国・淡路島御巡幸のため、影野駅→高知駅間に旧1号御料車編成によるお召列車を運転。C58 335+C58 104の重連で牽引。途中、土佐久礼駅・須崎駅・西佐川駅・伊野駅にて駅前奉迎のため各5分間停車
1950年(昭和25年)10月1日:西宇駅を小歩危駅に、阿波赤野駅を大歩危駅に改称。準急「南風」の運転開始
1950年(昭和25年)11月4日:阿波川口駅 – 小歩危駅間を山城谷トンネル(長さ2,178m)経由の新線に切り替え
1951年(昭和26年)11月12日:影野駅 – 窪川駅間が開業し、全線開通。仁井田駅、窪川駅が開業
1952年(昭和27年)1月27日:山田西町駅が開業
1952年(昭和27年)3月23日:天坪駅 – 土佐山田駅間にて、重油併燃運転開始
1952年(昭和27年)4月15日:布師田駅、薊野駅が開業
1952年(昭和27年)5月1日:土佐長岡駅が開業
1953年(昭和28年)10月23日:第8回国民体育大会御出席のため、松山駅→高知駅間(多度津駅経由)で旧1号御料車編成によるお召列車を運転。C58 295牽引。翌24日には高知駅→徳島駅間(徳島本線経由)で運転(牽引機はC58 339)
1954年(昭和29年)3月30日:大田口駅 – 大杉駅間を和田トンネル(長さ1,198m)経由の新線に切り替え、土佐穴内駅を新線上に移転
1954年(昭和29年)6月1日:讃岐財田駅 – 坪尻駅間を8.0キロメートルから8.2キロメートルに、坪尻駅 – 箸蔵駅間を3.2キロメートルから3.3キロメートルに、それぞれ改キロ
1954年(昭和29年)7月28日:新改駅 – 土佐山田駅間の新楠トンネル内で、高知駅発多度津駅行き上り貨物列車の牽引機の排気した煤煙と蒸気が機関室に充満し、機関士と機関助士が呼吸困難となり現場に約14分立ち往生、逆行運転で土佐山田駅に引き返すも乗務員は顔や腕に約2週間の火傷を負う。国鉄高知管内では初めての窒息事故
1954年(昭和29年)9月7日:天坪駅 – 新改駅間の大峯トンネル内で、台風の影響による逆風のため高知駅発上り貨物164列車の牽引機の排気した煤煙と蒸気が機関室に充満し、機関士と機関助士が呼吸困難となり現場に約2分立ち往生、機関士が腕に軽い火傷を負い天坪駅を約11分遅れで発車
1956年(昭和31年)5月12日:電気式ディーゼル機関車による運転開始(当初は敦賀機関区より借入のDD50形が、10月頃よりDF40形が牽引の任にあたる)。
1956年(昭和31年)8月25日:大歩危駅 – 土佐岩原駅間を周志トンネル(長さ860m)経由の新線に切り替え
1956年(昭和31年)12月15日:新改駅を「しんかい」から「しんがい」に呼称変更
1957年(昭和32年)9月11日:1時57分頃、小歩危駅 – 大歩危駅間で高松桟橋駅発高知駅行き下り貨物1169列車(D51 1129号機+貨車20両)が崩壊した土砂に乗り上げ、機関車と貨車3両が脱線転覆
1960年(昭和35年)5月24日:チリ地震津波により、多ノ郷駅 – 須崎間において約500mにわたり道床が流失、須崎駅がホーム上まで浸水。吾桑駅 – 須崎駅間でバス代行輸送、翌々日復旧
1960年(昭和35年)8月20日:岡花駅が開業
1960年(昭和35年)10月1日:土佐北川駅、襟野々駅、大間駅が開業
1961年(昭和36年)4月15日:六反地駅が開業
1961年(昭和36年)10月1日:サンロクトオ白紙ダイヤ改正。黒川駅が開業。土讃線初の急行「黒潮」「浦戸」運転開始。
1961年(昭和36年)12月15日:入明駅が開業
1962年(昭和37年)2月13日:土佐岩原駅 – 豊永駅間で土砂崩壊のため不通。17日にも同じ箇所で土砂崩壊
1962年(昭和37年)2月20日:13日、17日と同じ箇所で、約6万立方メートルの山半分が消し飛ぶ大規模な土砂崩れが発生。直下の鯉ヶ淵避岩隧道が吉野川に圧壊の上転落埋没、鯉ヶ淵橋梁の橋桁1連落下および橋脚・橋台各1基破損、線路が約120mにわたって埋没した。国鉄職員2名が殉職。同年3月26日に仮復旧
1963年(昭和38年)1月31日:坪尻駅 – 豊永駅間で50cm〜1m近い積雪を記録する大雪のため、阿波池田駅付近で上下列車が立ち往生するなど、朝から夕方にかけ運転見合わせになる。雪での不通は土讃線開通以来初めて
1963年(昭和38年)4月5日:土佐岩原駅 – 豊永駅間を大志呂トンネル(長さ675m)経由の新線に切り替え
1963年(昭和38年)4月9日:1時18分頃、大歩危駅構内で、高松駅発高知駅行き下り189貨物列車(DF50+貨車32両)の機関車と窪川駅発高松駅行き上り134普通列車(DF50+客車6両)の客車3・4両目が衝突、4両目客車が大破し旅客4名が軽傷。貨物列車の機関士が小歩危駅と錯覚した上に意識朦朧となり場内信号機を冒進したことが原因
1963年(昭和38年)10月1日:天坪駅を繁藤駅に改称
1963年(昭和38年)10月8日:6時52分頃、善通寺駅 – 琴平駅間の踏切で、讃岐財田駅発高松駅行き上り422列車(DF50 12号機+客車4両)が大型トラックと衝突、列車全車両が脱線。乗客に怪我はなかったものの、機関助手やトラック運転手など4名が負傷。大型トラックの一時停止無視が原因とみられる
1963年(昭和38年)12月18日:中村線開業により、土讃線を土讃本線に改称
1964年(昭和39年)10月1日:波川駅、円行寺口駅が開業。大杉駅 – 土佐北川駅間に大王信号場開設
1964年(昭和39年)11月22日:22時26分頃、繁藤駅構内で高知駅発多度津駅行き上り188貨物列車(DF50+貨車29両)が通過の際、20 – 25両目貨車が脱線、うち2両が転覆した
1965年(昭和40年)4月1日:小歩危駅 – 高知駅間にATS-Sを導入
1966年(昭和41年)5月23日:大杉駅 – 大王信号場間の多度津起点88.640km付近で、約12,000立方メートルの大規模な地滑りが発生し国道32号線共々不通になる。29日に復旧
1967年(昭和42年)3月1日:多度津駅 – 阿波池田駅間をCTC化
1967年(昭和42年)7月1日:阿波池田駅 – 高知駅間をCTC化
1968年(昭和43年)11月25日:大歩危駅 – 土佐岩原駅間を大歩危トンネル(長さ4,180m)経由の新線に切り替え
1970年(昭和45年)2月22日:6時05分頃、塩入駅 – 黒川駅間の踏切で、高松駅発高知駅行き下り貨物列車(DF50 65号機+貨車11両)が大型トラックと衝突。機関車が脱線転覆し続く貨車も脱線。大型トラックが方向転換をするためバックさせたところ列車と衝突したとみられる。同日16時40分復旧
1972年(昭和47年)3月15日:四国初の特急「南風」の運行を開始
1972年(昭和47年)7月5日:繁藤駅北側の追廻山で約10万立方メートルにおよぶ土砂崩れが発生し、駅3番線に停車中の高知駅発高松駅行き224列車(DF50 45号機+客車4両)のうち機関車と客車2両、駅構内留置中の貨車2両および保線用機器を直撃。国鉄職員4名を含む60名が死亡。23日間不通になる(繁藤災害)
1972年(昭和47年)7月28日:繁藤駅構内を仮設線で仮復旧し24日ぶりに復旧。ただし1番線のみの応急開通で暫定ダイヤが組まれる
1972年(昭和47年)8月11日:繁藤駅2番線が復旧し、行き違いとCTC装置の使用が可能となるも一部暫定ダイヤが組まれる。3番線の復旧は10月14日
1973年(昭和48年)2月26日:大杉駅 – 大王信号場間を大杉トンネル(長さ2,583m)経由の新線に切り替え
1976年(昭和51年)9月27日:7時30分頃、豊永駅構内で高知駅発多度津駅行き上り貨物列車(DF50形重連+貨車12両)が安全側線に突入、機関車2両が脱線
1978年(昭和53年)5月22日:第29回全国植樹祭および高知県行幸のため、高知駅 – 中村駅間に新1号御料車編成によるお召列車を運転。DE10 563(高知機関区)+DE10 1037(高松運転所)の重連で牽引。復路は24日(牽引機同じ)
1980年(昭和55年)10月1日:四国内急行列車のグリーン車を廃止、座席等はそのままに普通車指定席車両に格下げ
1982年(昭和57年)1月末:旭駅 – 朝倉駅間の鏡川橋梁が、鏡川の防災工事により架け替え
1984年(昭和59年)2月1日:多ノ郷駅 – 窪川駅間の貨物営業を廃止
1984年(昭和59年)10月6日:9時20分頃、琴平駅 – 塩入駅間の踏切で、高松駅発高知駅行き急行「土佐」3号(キハ58系2両編成)と木材運搬中のトレーラーが衝突し1両目が脱線、7名が軽傷を負う。トレーラーの右後輪が脱輪したのが原因
1986年(昭和61年)3月3日:土佐北川駅付近を大豊トンネル(長さ2,067m)経由の新線に切り替え、土讃線の営業キロを198.9kmから198.7kmに改正。土佐北川駅が橋梁上に移転。大王信号場が廃止
1986年(昭和61年)11月:高知駅 – 窪川駅間をCTC化
1986年(昭和61年)11月1日:高知商業前駅、枝川駅が開業
1987年(昭和62年)3月23日:多度津駅 – 琴平駅間が電化される
1987年(昭和62年)
4月1日:国鉄分割民営化により四国旅客鉄道に承継。日本貨物鉄道が多度津駅 – 多ノ郷駅間の第二種鉄道事業者となる
1988年(昭和63年)
4月10日:本四備讃線(瀬戸大橋)の開業により、特急「南風」が岡山駅発着に変更。従来の高松駅発着特急は「しまんと」に名称変更。土佐山田駅 – 窪川駅間でワンマン運転開始
1988年(昭和63年)6月1日:線路名称改正により土讃線に改称
1989年(平成元年)3月11日:多度津駅 – 阿波池田駅間・土佐山田駅 – 高知駅間を高速化(最高速度120km/h)。2000系試作車「TSE」が臨時列車として運行開始
1989年(平成元年)5月19日:四国鉄道発祥100周年を記念して、多度津駅 – 琴平駅間に「SLどっきん号」(C56 160号機+旧型客車+マイテ49 2)が28日まで1日3往復運転される
1989年(平成元年)7月1日:阿波池田駅 – 土佐山田駅間を高速化(最高速度120km/h)
1989年(平成元年)8月1日:京都駅 – 高知駅間に、臨時夜行快速「ムーンライト高知」が運行を開始
1990年(平成2年)3月10日:阿波池田駅 – 土佐山田駅間でワンマン運転開始
1990年(平成2年)11月21日:高知駅 – 窪川駅間高速化(最高速度120km/h、一部区間110km/h)。急行列車廃止、特急「あしずり」新設
1992年(平成4年)3月14日:琴平駅 – 阿波池田駅間でワンマン運転開始
1992年(平成4年)10月1日:日本貨物鉄道の第二種鉄道事業(高知駅 – 多ノ郷駅間)を廃止
1993年(平成5年)3月18日:多度津駅 – 琴平駅間でワンマン運転開始
1998年(平成10年)9月24日:台風7号や高知豪雨による記録的大雨に伴う盛土崩壊・切取崩壊・道床流出などにより、阿波池田駅 – 窪川駅間が不通となる
1998年(平成10年)9月25日:阿波池田駅 – 大歩危駅間の一部普通列車および高知駅 – 窪川駅間で運転を再開。多度津駅 – 高知駅間に代行バスを運行
1998年(平成10年)9月26日:大歩危駅 – 大杉駅間で一部普通列車の運転を再開。阿波池田駅 – 高知駅間(阿波池田駅 – 大杉駅間は国道32号線、大杉駅 – 高知駅間は高知自動車道経由)および土佐山田駅 – 高知駅間に代行バスを運行
1998年(平成10年)9月28日:大杉駅 – 繁藤駅間で一部普通列車の運転を再開
1998年(平成10年)10月5日:土佐山田駅 – 高知駅間で全普通列車の運転を再開。土佐山田駅 – 高知駅間の代行バス運行終了
1998年(平成10年)10月31日:阿波池田駅 – 大杉駅間で特急列車の運転を再開。また代行バスも「高知リレーバス」として大杉駅 – 高知駅間(高知自動車道経由)の運行に変更
1998年(平成10年)12月25日:軽量盛土工法を用いて復旧を行い、繁藤駅 – 土佐山田駅間が始発より運転再開。高知リレーバス運行終了
2000年 (平成12年)1月27日:5時25分頃、大歩危駅 – 土佐岩原駅間で高知保線区の作業車両が脱線、約3時間後に運転再開するも特急など一部列車が運休。トンネルを出た直後に積雪に乗り上げたことが原因とみられる
2000年 (平成12年)10月14日:特急「南風」でアンパンマン列車が運行開始
2001年(平成13年)2月6日:16時58分ごろ。土佐久礼駅 – 影野駅間で起きた土砂崩れに、窪川行き普通列車が乗り上げ脱線する事故が発生。翌日夜に復旧する
2001年(平成13年)11月23日:JR四国の四国再発見キャンペーン「土佐五十三次くろしお紀行」の中心的イベントとして、土佐山田駅 – 高知駅間に「SL土佐龍馬号」(C56 160号機+アイランドエクスプレス四国II+マイテ49 2)が25日まで1日3往復運転。高知駅へのSL(蒸気機関車)入線は約33年ぶり
2002年(平成14年)3月23日:高知駅高架化事業により、高知運転所が高知駅構内より布師田駅西方へ移転
2005年(平成17年)4月1日:日本貨物鉄道の第二種鉄道事業(多度津駅 – 高知駅間)を廃止
2006年(平成18年)11月23日:大河ドラマ「功名が辻」の放送に合わせて開催された博覧会「土佐二十四万石博」のイベントとして、高知駅 – 須崎駅間にSL急行「土佐二十四万石博 一豊&千代号」(C56 160号機+14系座席車4両+DE10 1138号機)が26日まで1日1往復運転
2008年(平成20年)2月26日:薊野駅 – 高知駅 – 旭駅間の4.1kmおよび高知駅・入明駅・円行寺口駅の3駅を高架化し、11箇所の踏切を廃止。高知駅に四国旅客鉄道初の自動改札機を設置
2008年(平成20年)3月15日:小村神社前駅が開業
2009年(平成21年)5月23日:DE10形のプッシュプル運転「讃岐鉄道120周年記念号」を運行
2011年(平成23年)3月11日:東北地方太平洋沖地震による津波警報発表により、後免駅 – 窪川駅間で列車の運転を見合わせ。津波警報の解除により13日始発より運転再開
2011年(平成23年)3月12日:ダイヤ改正により、ホーム嵩上げが完了した琴平駅 – 土佐山田駅間で1000形の運行を開始
2014年(平成26年)8月2日:台風12号による大雨の影響で琴平駅 – 窪川駅間が不通となる
2014年(平成26年)8月4日:琴平駅 – 阿波池田駅間が夜に運転再開
2014年(平成26年)8月5日:土佐山田駅 – 窪川駅間が運転再開
2014年(平成26年)8月7日:阿波池田駅 – 大歩危駅間が運転再開。大歩危駅 – 土佐山田駅間で護岸洗掘、土砂流入、築堤崩壊などの被害判明
2014年(平成26年)8月8日:台風11号による大雨のため須崎駅 – 窪川駅間が運転見合わせ
2014年(平成26年)8月9日:台風11号による大雨のため多度津駅 – 大歩危駅間、土佐山田駅 – 須崎駅間が運転見合わせとなり全線不通となる
2014年(平成26年)8月10日:多度津駅 – 阿波池田駅間、土佐山田駅 – 窪川駅間が運転再開
2014年(平成26年)8月11日:阿波池田駅 – 大歩危駅間が朝に、大杉駅 – 土佐山田駅間が夕方に運転再開
2014年(平成26年)8月13日:大歩危駅 – 大杉駅間が運転再開し全線で運転再開
2017年(平成29年)4月1日:多度津駅 – 大歩危駅間で観光列車「四国まんなか千年ものがたり」の運行を開始
2019年(令和元年)9月3日:2700系気動車の運行を開始
2020年(令和2年)7月4日:高知駅 – 窪川駅間で観光列車「志国土佐 時代の夜明けのものがたり」の運行を開始
2020年(令和2年)10月1日:新型コロナウイルス影響の乗客減により、この日から当面の間、下り最終列車の高知23時10分発の伊野行き普通列車と、上り最終列車の高知23時15分発の土佐山田行き普通列車が運休
2021年(令和3年)3月13日:ダイヤ改正により、高知駅 – 土佐山田駅間でパターンダイヤ導入および高知駅 – 後免駅間で普通列車1本増発。特急「南風」「しまんと」の全列車が2700系に統一。また、運休となっていた高知23時10分発下り伊野行き普通列車と高知23時15分発上り土佐山田行き普通列車が廃止となり、最終列車の時間が繰り上がる
2024年(令和6年)3月16日:ダイヤ改正により、新たに高知駅 – 伊野駅間でパターンダイヤ導入
2025年(令和7年)3月15日:ダイヤ改正により、土佐山田駅 – 高知駅間のパターンダイヤ時間帯を拡大
2026年(令和8年)8月9日:旭駅の駅舎から出火して半焼。停車していた列車の乗客1人が煙を吸い込んで負傷

JR土讃線路線図車輛停車駅名って?

JR土讃線ってどこからどこまでなの?という疑問に路線図でお答えします。
香川県仲多度郡多度津町の多度津駅から高知県高知市の高知駅を経て、高知県高岡郡四万十町の窪川駅となっている。
土讃線所属駅に限定した場合、起点の多度津駅(予讃線所属)が除外され、60駅となる。

JR土讃線の普通停車駅
土讃線の停車駅は、多度津駅、金蔵寺駅、善通寺駅、琴平駅、塩入駅、黒川駅、讃岐財田駅、坪尻駅、箸蔵駅、佃駅、阿波池田駅、三縄駅、祖谷口駅、阿波川口駅、小歩危駅、大歩危駅、土佐岩原駅、豊永駅、大田口駅、土佐穴内駅、大杉駅、土佐北川駅、角茂谷駅、繁藤駅、新改駅、土佐山田駅、山田西町駅、土佐長岡駅、後免駅、土佐大津駅、布師田駅、土佐一宮駅、薊野駅、高知駅、入明駅、円行寺口駅、旭駅、高知商業前駅、朝倉駅、枝川駅、伊野駅、波川駅、小村神社前駅、日下駅、岡花駅、土佐加茂駅、西佐川駅、佐川駅、襟野々駅、斗賀野駅、吾桑駅、多ノ郷駅、大間駅、須崎駅、土佐新荘駅、安和駅、土佐久礼駅、影野駅、六反地駅、仁井田駅、窪川駅です




駅番号 駅名 駅の読み方 停車駅 乗り換え
D12 多度津駅 たどつ
特急しおかぜ
特急しまんと
特急いしづち
特急南風
予讃線
D13 金蔵寺駅 こんぞうじ
D14 善通寺駅 ぜんつうじ
特急南風
特急しまんと
D15 琴平駅 ことひら
特急南風
特急しまんと
琴電琴平線
D16 塩入駅 しおいり
D17 黒川駅 くろかわ
D18 讃岐財田駅 さぬきさいだ
D19 坪尻駅 つぼじり
D20 箸蔵駅 はしくら
D21 佃駅 つくだ 徳島線(よしの川ブルーライン)
D22 阿波池田駅 あわいけだ
特急南風
特急しまんと
徳島線(よしの川ブルーライン)
D23 三縄駅 みなわ
D24 祖谷口駅 いやぐち
D25 阿波川口駅 あわかわぐち
D26 小歩危駅 こぼけ
D27 大歩危駅 おおぼけ
特急南風
特急しまんと
D28 土佐岩原駅 とさいわはら
D29 豊永駅 とよなが
D30 大田口駅 おおたぐち
D31 土佐穴内駅 とさあなない
D32 大杉駅 おおすぎ
特急南風
特急しまんと
D33 土佐北川駅 とさきたがわ
D34 角茂谷駅 かくもだに
D35 繁藤駅 しげとう
D36 新改駅 しんがい
D37 土佐山田駅 とさやまだ
特急南風
特急しまんと
D38 山田西町駅 やまだにしまち
D39 土佐長岡駅 とさながおか
D40 後免駅 ごめん
特急南風
特急しまんと
土佐くろしお鉄道
ごめん・なはり線
D41 土佐大津駅 とさおおつ
D42 布師田駅 ぬのしだ
D43 土佐一宮駅 とさいっく
D44 薊野駅 あぞうの
D45 高知駅 こうち
特急南風
特急しまんと
特急あしずり
とさでん交通駅前線
K01 入明駅 いりあけ
K02 円行寺口駅 えんぎょうじぐち
K03 旭駅 あさひ
特急しまんと
特急あしずり
とさでん交通伊野線
K04 高知商業前駅 こうちしょうぎょうまえ とさでん交通伊野線
K05 朝倉駅 あさくら
特急しまんと
特急あしずり
とさでん交通伊野線
K06 枝川駅 えだがわ とさでん交通伊野線
K07 伊野駅 いの
特急しまんと
特急あしずり
とさでん交通伊野線
K08 波川駅 はかわ
K08-1 小村神社前駅 おむらじんじゃまえ
K09 日下駅 くさか
K10 岡花駅 おかばな
K11 土佐加茂駅 とさかも
K12 西佐川駅 にしさかわ
K13 佐川駅 さかわ
特急しまんと
特急あしずり
K14 襟野々駅 えりのの
K15 斗賀野駅 とがの
K16 吾桑駅 あそう
K17 多ノ郷駅 おおのごう
特急あしずり
K18 大間駅 おおま
K19 須崎駅 すさき
特急しまんと
特急あしずり
K20 土佐新荘駅 とさしんじょう
K21 安和駅 あわ
K22 土佐久礼駅 とさくれ
特急しまんと
特急あしずり
K23 影野駅 かげの
K24 六反地駅 ろくたんじ
K25 仁井田駅 にいだ
K26 窪川駅 くぼかわ
特急しまんと
特急あしずり
土佐くろしお鉄道
予土線(しまんとグリーンライン)
中村線

【現在の使用車両】
普通列車用
6000系(多度津 – 琴平)
7000系(多度津 – 琴平)
7200系(多度津 – 琴平)
213系(多度津 – 琴平):JR西日本所有。「ラ・マルことひら」に使用される。
285系(多度津 – 琴平):JR西日本・JR東海所有。琴平まで臨時に延長運転される寝台特急「サンライズ瀬戸」に使用される

気動車用
2000系(特急「あしずり」)
2700系(特急):一部車両は土佐くろしお鉄道所有
特急「南風」:岡山駅 – 高知駅間(14往復。うち、「アンパンマン列車」は5往復)
特急「しまんと」:高松駅 – 高知駅・中村駅・宿毛駅間(高松駅 – 高知駅間1往復、高松駅 – 中村駅間下り1本、高松駅 – 宿毛駅間上り1本)
特急「あしずり」:高知駅 – 中村駅・宿毛駅間(高知駅 – 中村駅間6往復、高知駅 – 宿毛駅間1往復)
特急「剣山」:徳島駅 – 阿波池田駅間(下り4本・上り3本)※当線の佃駅 – 阿波池田駅間で運転、ただし佃駅は全列車通過
1000形(全線)
1200形(佃 – 阿波池田)
1500形(佃 – 阿波池田)
キハ185系(徳島線特急・特急「四国まんなか千年ものがたり」「志国土佐 時代の夜明けのものがたり」・臨時普通列車「瀬戸大橋アンパンマントロッコ」)
キクハ32形(トロッコ列車)
9640形(後免 – 高知):土佐くろしお鉄道所有

【過去の使用車両】
蒸気機関車
D51形:進駐軍の命令により1949年より高知機関区に配属。四国唯一のD51配置区となる。1957年当時は多度津駅 – 高知駅間の全貨物列車を牽引、一部は予讃本線高松駅まで乗り入れていた。全機集煙装置・重油併燃装置付の重装備機。DF50形の配備により1960年代初頭までに他区へ転出。
C58形:土讃線蒸気機関車の主力であり、D51形と同じく集煙装置・重油併燃装置付の重装備機。客車時代の準急「南風」の牽引の任にもあたる。徳島線直通列車以外は1969年1月12日の高知機関区さよなら運転をもって運行終了。
8620形:多度津駅 – 須崎駅間開通時の主力蒸気機関車。1969年で運行終了。高知機関区所属機は末期は入換機となる
2800形:元・関西鉄道98形「三笠」。スイス・SLM製で車軸配置1Cのタンク機関車。高知線時代の主力機関車であった

ディーゼル機関車
DF50形:客車時代の準急「南風」「土佐」や、斗賀野駅 – 多ノ郷駅間の石灰石専用列車の牽引も行い、土讃線の主力ディーゼル機関車として多度津駅 – 須崎駅間で運用。1985年定期運行終了
DF40形(DF91II):四国初の本線用ディーゼル機関車で、登場時は準急「南風」も牽引した。試作機ながら1975年まで運用された
DE10形:当初はDF50の入線しなかった須崎駅以西での貨物列車牽引のため500番台が投入され、後に0番台・1000番台も入線。臨時急行列車の牽引、臨時快速「ムーンライト高知」や斗賀野駅 – 多ノ郷駅間の石灰石専用列車の牽引にもあたる。2023年で運行終了
DD50形:DF40形の入線試験結果が芳しくなくメーカーで修理を行うことになったため、敦賀機関区より4号機が代走の形で1956年の半年間程借り入れられた

ディーゼル機関車
115系(多度津 – 琴平):JR西日本所有。岡山駅 – 琴平駅間の直通普通列車に使用。2019年で運行終了
113系(多度津 – 琴平):111系の老朽取り替え用にJR東日本より経年の浅い車両を購入しリニューアル改造を行い、1999年より投入した。2019年で運行終了
111系(多度津 – 琴平):国鉄清算事業団が保有し車籍復活した車両も存在する。2001年春で運行終了

気動車
キハ181系(特急):1972年の特急「南風」運転開始にあたり投入。当初は四国特急用に新造車が投入され、後に中央西線の「しなの」、奥羽本線の「つばさ」の余剰車も転入。1993年で運行終了
キハ58系(急行・準急・普通):1961年の製造開始より四国に配備。1972年10月までに全車冷房化。末期残存車は全車JR化後に通勤改造を受けた車両であった。最末期は松山所属車が多度津駅 – 阿波池田駅間を2008年春まで、高知所属車が阿波池田駅 – 伊野駅間を2008年秋まで運行していた
キハ55系(急行・準急・普通):土讃線へは1960年に準急「土佐」用としてキハ55形とキハ26形が投入されて以降、準急・急行・普通運用に就く。踏切事故への対策として、四国在籍の大多数の車両には前面裾部に小型のバンパーを取り付けていた。非冷房車ながら1980年頃までは繁忙期の急行列車に増結車として連結されており、郵便・荷物改造車も急行列車に連結されていた。1985年度で定期運行終了
キハ52形(準急など):新製配置時に準急「土佐」への充当や、準急「阿佐」2号の多度津編成などで使用された。1963年春に運行終了
キハ65形(急行・普通):1969年の製造開始より四国に投入され、四国急行列車全車冷房化の立役者となった。末期は松山所属車が多度津駅 – 阿波池田駅間で2008年春まで運行
キハ54形(普通):1990年の予讃線伊予北条駅 – 伊予市駅間の電化により高知運転所に転入したが、1000形の転配などもあり2008年から2016年春にかけて松山へ順次転出
キハ45形(普通):1960年代後半の数年間、高知機関区に配置されていた。徳島線直通列車は1990年に運行終了
キハ40系(普通):1980年から高知機関区にキハ40形とキハ47形が新製配置され、後に新潟地区から寒地向けのキハ47形も転入しJR化後比較的早い時期に冷房化改造が行われる。徳島線直通列車以外は1990年頃に運転終了、徳島線直通列車は2018年で運行終了
キハ35系(普通):徳島配置のキハ30形およびキハ35形が徳島線直通列車運用で入線していた。1990年に運行終了
キハ32形(普通):全長16m級と、新製当時の国鉄旅客車としては最小の車体であった。2025年春で運行終了
キハ25形(準急・普通):1960年の土讃線初の気動車準急「土佐」運転開始時に、キハ25+キハ52の編成で運用に就いていたが、同年中にキハ55形へ置き替えられる。一部は徳島線用に残っていたが、1981年で運行終了
キハ20形(普通):高知機関区には1960年に一挙15両が新製配置されるなど、四国各地で普通列車として活躍。JRに継承された車両は側窓がユニットサッシ化されるなどアコモデーションのリフレッシュが行われたが、1990年秋で運行終了。一部は水島臨海鉄道へ譲渡
キハ10系(急行・普通):高知機関区にごく僅かの間キハ17が配置されていた。また、郵便・荷物改造車は急行列車にも連結されていた。1982年に運行終了。
機械式気動車(普通):高知機関区にキハ41000やキハ41600が配置されていた。郵便・荷物改造車も運用されていたが、液体式気動車と連結する時は総括制御ができず、トレーラー扱いで運用しなければいけなかったこともあり1966年で運用終了

客車
旧型客車:末期にはオハ35系・スハ43系・60系の各系列車が高松区と高知区に配置されており、元特急用のスハフ43形も運用に就いていた。最末期まで最繁忙期の臨時急行列車にも使用されていた。1985年3月で運行終了。スハフ43形2両は大井川鐵道へ譲渡(日本ナショナルトラスト所有)
50系:日中の普通列車のほか、1985年3月より1987年10月まで、同系列唯一の定期夜行列車運用である、高松駅発高知駅行き221列車に充当された。一般車は1990年で運行終了したが、「アイランドエクスプレス四国」改造車は1999年まで運行していた
12系(ムーンライト高知):1989年8月に運転開始。最盛期は毎週末に運転されることもあったが、2009年で運行終了。客車は若桜鉄道および東武鉄道へ譲渡
14系(座席車):最繁忙期の「ムーンライト高知」の普通車指定席用として、JR西日本宮原総合運転所の車両が連結されていた。JR四国所属車は2006年のSL急行「土佐二十四万石博 一豊&千代号」で使用された